旅立ちの日

五月十日…
あらと君の二十歳の誕生日。

この日、彼とゆかりちゃんは僕の会社を辞めた。

少し前にさかのぼるが…
今年の春、十年ぶりに宮城県に里帰りしたあらと君は、同級生や先輩と再会したそうだ。

友人たちは若い社長の下で地域の特産物をネットや土産物売り場で販売する仕事をしていた。

まだまだ復興途中の町で生き生きとした彼らの姿を見て感動したらしい。

一緒にやろう!と誘われたのだが、自分は大阪を離れられないとその場は断った。

しかし帰って来た彼は、どこか上の空で、何か悩む素振りを見せ始めた。
悲しい思い出ばかりの場所だとしても彼にとっては大切な故郷だ。
心が揺れる気持ちもよくわかる。

独り立ちにはまだ早いか?と思うのだが、まもなく二十歳を迎える成人男性を束縛できる人間などこの世に存在しない。

『悩む必要は無い!行ってこい!』と僕は彼の背中を押した。


『高校まで卒業させてもらって、たった一年ちょっとで辞めるなんて見損なった!薄情ものね』

舞ちゃんは、そう言って怒ったが、それは違う。
僕は彼の真意を理解していた。

僕の身体は糖尿病の悪化で少し動いただけで息切れを起こしたり貧血で倒れそうになるのだ。

腎症レベル4…
腎臓は25%しか機能していない。
近い将来、人工透析になるだろう。

『早く一人前になってミネ先生に楽をさせてあげたい。』

口癖のように言っていると、ゆかりちゃんに聞かされていた。

こんな優しい子が僕のせいで自由になれないなんて許される訳がないだろ。

彼の居場所は大阪じゃない。
本当に必要とされている場所は東北だ。

自分がしてもらったことを今度は故郷の同じ境遇の子たちのために尽力して欲しい。

あらと君…
よく聞いてくれ。

今の僕は帰ったところで誰1人助ける力も無いなんて考えちゃダメだよ。
何人助けたかなんて長い人生の中のささやかな結果にすぎない。
大切なことは助けるために自分に何ができるかを考え続けることなんだ。

中学生時代からのバイトを数えて四年と半年。
教えるべきことは全て叩き込んだ。
あとは経験を積むだけ。
それは故郷でもできるよな?

撮影と広告デザインの知識で友達を助けてみないか。

皆で話し合って彼を送り出すことを決めた。

そして僕もそろそろ決断のときが来たようだ。



あらと君の使っていた営業車は名義変更してあげるから乗って行くといい。
車があると何かと便利だと思う。
社員寮の電化製品も必要なものは全て持って行け。
僕にはもう必要のないものだ。

ゆかりちゃんも一緒に行くのなら安心だね。
二人で仲良く頑張って欲しい。

旅立ちの朝…

運送屋のトラックに荷物を積み込み、その後ろには見慣れたあらと君の営業車。

会社のマークをつけたまま行くのか?
外せばいいのに…変な奴だな。

そうだ!
最後にあの言葉をかけてやらなくちゃ…

かって飯島先生が最後の手紙で僕にくれた言葉を彼にも贈ってあげよう。


『あらと!
おまえは僕の自慢の弟子だ。
ありがとう。』


彼の笑顔は新緑の季節によく似合う。


経営者として最後に君を育てられて幸せだった。
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