辞職

遠い昔……
玲子という女性の描いた絵皿を見て衝撃を受けた。

見ているだけで心の中に渦巻く憎しみがゆっくりと静まり、穏やかな海に暖かい日差しが降り注ぐような気持ちにつつまれた。

デザインとは、こんなにも人の心を一瞬で変えてしまう力があるのか?

その衝撃の意味が知りたくて広告デザイン業界に飛び込んだ二十代前半。

あれからいくつも季節を重ね、僕は今年還暦を迎えた。

この歳になって気づいたことがある。

デザイナーの生きざまや考えがデザインという表現方法を使い、その人物そのものを表している。

見るものを癒したいと思えば暖色系を選び、笑わせたいときはユーモアをスパイス代わりに使用する。

作り出す側の心と見る側の心が共鳴したとき、人は感動を覚えるのだと。

だとしたら僕のデザインを見て癒されたり笑ったり、ときには大きく人生を変えた人が居たのかもしれない。


『私みたいな行き場の無い子たちを助けられる男になって欲しい』


優里の願いは僕の当たり前の日常になった。

大阪の都島で会社を興して三十年。
数えきれないほどの楽しい思い出の詰まった街なのに頭に浮かぶのは何故か辛い出来事ばかり。
この街は悲しい思い出を呼び起こす景色が多すぎる。

飯島先生のスタジオ跡…

優里と暮らしたアパート…

事故現場…

美紀の働いていた店…

脇田弁護士が座っていた公園のベンチ…


『もういいだろ?
そろそろ僕を自由にしてくれ。』

飛翔橋から街を眺め、ポツリと呟いた。



食堂を任せていた沢田のお婆ちゃんは持病の悪化で車椅子生活になり、近々老人ホームに入所するらしい。
食堂は半年前から使われていない。

あらと君とゆかりちゃんが辞めたので社員寮のワンルームも要らなくなった。

僕を必要とする子を紹介してくれた脇田弁護士は死去。

昨年から…
コロナ禍の影響で新聞広告とポスターの仕事は半分に減ったのだが、しばらくしてネット広告の依頼が二倍になった。

とりあえず、会社の業績は横ばいだ。

ここが潮時…
今なら後継者にバトンタッチできる。

陽子ちゃん夫婦と庄子に大阪・兵庫のクライアントを全て譲り、いらない食堂とワンルームは解約。

僕は活動拠点を京都・滋賀に移し、フリーデザイナーとして静かに残りの人生をすごしたい。

陽子ちゃんたちが困ったときは、いつでも駆けつけるつもりだが、新しい人材を育てる気力と体力は無くなってしまったようだ。

今日も雨…
梅雨明けは、まだかな…

窓を伝う雨が涙のように見える。


『今日までよく頑張ったね。』

と、優里は僕の肩を優しく抱いてくれるだろうか…



令和三年 六月十六日

僕は今日
社長を引退し、この街を去る。

明日からのことは何も決まっていない。


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